花(はな、華とも書く。花卉-かき=漢字制限のため、「花き」と書かれることが多い)とは植物が成長してつけるもので、多くは綺麗な花びらに飾られる。花が枯れると果実ができて、種子ができる。多くのものが観賞用に用いられる。生物学的には種子植物の生殖器官である。また、植物の代表的器官として、「植物(種)」そのものの代名詞的に使われることも多い[1]。なお、植物の花を生花(せいか)、紙や布・金属などで作られた花を造花(ぞうか)という。

生物学的「花」
花の定義
花は雌蕊や雄蕊を含む(ないものもある)、一個の有限の茎頂に胞子葉(花葉)と不稔の付属物などから構成された、種子植物の生殖器官である。
しかし、その厳密な定義については複数の考え方が存在する。
被子植物の生殖器官を花とする考え方
胚珠のある生殖器官を花とする考え方(被子植物と裸子植物)
生殖器官が密集したものを花とする考え方
花は、胞子葉が枝先に固まった構造から生じたと見られるが、この意味を広く考えれば、普通の被子植物の花以外に、裸子植物における松ぼっくりなどの元になる構造や、さらにはスギナの胞子葉であるツクシのようなものまでが花と言えてしまう。2は、松ぼっくりまでは花だというもので、3は、ツクシも花だという立場と言える。
1はアメリカの研究者に多く、2はヨーロッパの研究者に多い。19世紀は3の考え方が主流だったが、現在では一番合理的とされる2が主流になりつつある。
構造
花全体の構造は、1本の枝に、先端の方から大胞子葉、小胞子葉、不実の葉が並んだ構造が、ごく短くつまったものと見なせる。
典型的な花は、枝から伸びた柄の先につき、中心に雌蕊をもち、その周囲を雄蕊が囲む。その周囲には、花びらや萼などが配置する。雄蕊では花粉が作られ、雌蕊には胚珠が入っている。この両者の働きで種子が作られる。
裸子植物においては、雌雄異花が普通で、軸を中心に胞子葉由来の鱗片状の構造が並んだ形を取るのが普通である。
被子植物では、花びらや萼といった装飾的な構造が多数加わることが多い。したがって、その構造は中心に大胞子葉由来の雌蕊、その外側に小胞子葉由来の雄蕊、そしてその外側に葉由来の花弁、そして一番外側にやはり葉由来の萼が取り巻くという形になる。花弁、萼はまとめて花被と呼ばれる。ただし、すべての花がこのような構造を持っているわけではなく、花びらや萼などがない花も多い。特に、風媒花などでは、花びらの欠損や退化が見られるものが多い。イネ科の場合このような花を小穂という。
また、1つの花に雄蕊と雌蕊を備える花が多いが、どちらかだけを持つ、雌雄異花のものもある[2]。雄蕊と雌蕊が両方備わっていても、片方が機能していない例や、どちらかが先に熟し、同時には熟さないようになっている例も多い。
花の配列状態を花序という。花序は花によって異なるが、ある一定の方式に沿って並ぶ。
苞は、花や花序の基部につく葉のことをいう。包葉ともいう。通常は、小型であるが花弁状になるものもある。

花の進化
種子植物がシダ植物から進化するに伴い、雄蕊は小胞子のうをつける胞子葉が、雌蕊は大胞子のうをつける胞子葉が各々変化してできたと考えられる。また、花びら、萼も葉が起源のものと考えられる。
被子植物の花が、どのようにして進化したかについては、大きく2説がある。
1雄蕊1雌蕊1花被1の花を原始的なものと見なし、次第に複雑な構造のものが出現したとする説で、新エングラー体系の根拠となっている。
軸を中心に多数の雄蕊、雌蕊、花被が螺旋状に並んだ花を原始的なものと見なし、次第にその形が整理されてきたと見なすもので、クロンキスト体系はこれを基礎とする。
クロンキスト体系では、双子葉植物綱ではキク目を最も進化したものとし、単子葉植物綱ではラン目を最も進化したものとする。
生殖様式
花粉により受粉をさせ、生殖を行う。受粉の様式は、花の構造により自家受粉と他家受粉に分けられる。通常、他家受粉が起きることが望ましいので、種類によっては自家受粉を妨げるような仕組みが見られる。例えば、雄蕊と雌蕊のどちらか先に成熟するようになっているのもそのひとつである。どちらが先かで雄性先熟または雌性先熟とよばれる[3]。
また、花粉はそのままでは移動できないため、受粉を行うためには何らかの媒介が必要となる。おもに媒介者となるのは風と動物であり、風が媒介するものは風媒花と呼ばれる。動物が媒介するものはその媒介者によって虫媒花・鳥媒花・コウモリ媒花などに分かれる。動物媒の中では特に虫による媒介が多い[4]。最も古い媒介方式は風媒であるが、のちにより確実性の高まる動物媒が発展した。しかしながら冷帯地域においては単一樹種による樹林が多いことや媒介者となる動物の不足から、再び風媒に戻るものが多く、かなりの樹木が風媒花となっている[5]。逆に媒介動物の多い熱帯地域においては動物媒が圧倒的で、熱帯樹木の95%を占める[6]。

花が美しいわけ
花は人目を引く魅力がある。一般的な概念の花は、それ以外の部分が緑などの地味な中にあって、それとは対照的に鮮やかな色合いの花弁などを並べてよく目立つようになっている。これは、そもそも花の存在が、他者の目を引くことを目的としているからである。ただし、本来はヒトの目ではなく、昆虫や鳥などの目を引くためのものである。顕著な例としてミツバチの可視領域は紫外線を含み、ミツバチの目で花を見ると蜜のある中央部が白く反射する花がある事などが知られる。これは、植物が固着性の生活様式を持つため、繁殖時の生殖細胞、具体的には花粉の輸送に他者の力を借りなければならない。被子植物の多くがその対象を昆虫や鳥などの小動物とし、彼らを誘うために発達した構造が美しい花びらで飾られた花である[7]。
他方、無生物によって花粉を運搬する植物の花は目立つ必要がないため、花の色は地味なもので香りも弱い[8]。現生の裸子植物は一部の例外を除くほとんど全てが風媒なので、花弁などを持たない。被子植物でもイグサ科やイネ科などは虫媒花から進化して二次的に風媒となったもので、イグサ科では花弁はあるが極めて地味になっており、イネ科では花弁は完全に退化し、開花時にも全く目立たない。

花の色
花を発色させる色素は、開花時に細胞内部で酵素を用いた化学反応が起こり生成される。元来花の色は送粉者を惹きつけるために着けるもので、蕾の時には必要が無い。主な色素はフラボノイド・カロテノイド・ベタレイン・クロロフィルのグループであり、総数は数千にもなる。さらに水素イオン指数(pH)や存在するイオンの影響で色が変化する事もあり、多様な色で知られるアジサイの場合はアルミニウムイオン濃度で左右される[9]。
色素が無い花びらは白く見える。花びらの材質は本来透明だが、中に気泡があるために白く見える。花びらが色素を持たないメカニズムには、作られた色素が別の酵素で破壊される場合と、色素を作る酵素の機能が阻害された場合がある。前者の例は白いキクで、花にはカロテノイドを分解する酵素が存在し、作られた色素が壊される。後者にはアサガオがあり、フラボノイドの一種アントシアニンを作る酵素のDNA内にトランスポゾンがあり色素生成を阻害する。このトランスポゾンが開花中にDNA上の別な場所に移動すると酵素は色素を作れるようになる。これによって一つの花の中に色素がある細胞と無い細胞が混在し、アサガオの模様が作られる。トランスポゾンの動き方は一定ではなく、それぞれの頻度やタイミングによって花の模様が異なってくる。トランスポゾンを含むアサガオは江戸時代に偶然発見され、品種改良を経て広まった[9]。
人工的に花の色を変える試みには、品種改良や遺伝子組み換え技術またはDNAを変質させる突然変異の利用などがある。品種改良では、色素を作る酵素が無かったり色素を破壊する酵素が存在するため、例えば青いバラや黄色いアサガオなどは作れない。他の花から色素をつくる酵素のDNAを組み入れる試みでは、青いバラが生産された例もあるが、pHなど他の条件が異なるため元の花と同じ発色は難しい[9]。

利用

献花(札幌市円山動物園・カンガルー、2011年)
花は魅力的な姿をしているため、それを鑑賞することは世界中で古くからおこなわれてきた。世界各地、古今東西の遺跡や壁画、紋章などにおいても、花の絵柄は普遍的に見かけられるもののひとつである。
また、花を摘み集めて装飾とする風習も広く見られる。茎から切り取った花を切り花というが、これを花を方向をそろえて束ねたものを花束(ブーケ)、組み合わせて輪にした花輪などもさまざまなものが見られ、子供の遊びから冠婚葬祭の飾りに至るまで、各地の風俗や風習の中でそれぞれ独特の役割を担っている場合もある。発掘された時、ツタンカーメンのミイラに花束が供えられていたのは有名な話である。日本の華道、いわゆる生け花もこの方向で高度に発達したものである。なお、切り花を使う理由に、見かけの美しさ以外に、その香りを重視する場合もある。
花の種類によってそれぞれに意味を持たせることもよくおこなわれ、日本では葬式にキクの花というような定番がある。また、花言葉というのもこのようなもののひとつである。
花を育てて楽しむことも古くからおこなわれた。庭園を飾るために花を育てる例は広く見られる。花を中心とする庭を花園、花畑などという。観賞用の植物の栽培を園芸と言うが、特に草の花を目的とする栽培を花卉園芸という。長い歴史の中で、多くの観賞用の花が選別栽培され、後には人工交配などによる品種改良も行われた。現在では、切り花を生産することが産業として成立している。とくに切り花は商品価値が高く比較的重量も軽いため、1980年代以降大消費地から離れた土地で生産し消費地まで空輸することが盛んになってきている。ヨーロッパ向けの輸出を主とするケニア[10]やエチオピア、アメリカ向けの輸出を柱とするコロンビアやエクアドルなどはこの切り花産業が急成長しており、重要な産業のひとつに成長しつつある。ただしこの切り花の輸出量が最も多いのはオランダであり、世界の輸出量の半分以上を占めている。オランダは世界最大の花卉園芸産業を擁する国であり、バラを中心とする多様な花を生産しヨーロッパの花卉生産の中心となっているほか、世界最大の花卉園芸市場であるアールスメール花市場などでの花の取引も非常に盛んであり、オランダでの花の取引は全世界の取引額の6割を占め、世界の花卉市場の中心となっている。なお、花卉園芸で実際に扱う対象は花に限らず、いわゆる枝もの、実ものも含む。
なお、品種改良がおこなわれる場合、それを支える市場の要求が高い場合がある。ヨーロッパにおいても、日本においても、花の栽培の歴史の中では何度か特定の花のブームがあり、新品種が考えられないような高値で取引されたことがある。ヨーロッパではチューリップが17世紀にオランダで大ブームを起こし、ひどいときは球根一個が豪邸より高かったと伝えられる。この事例についてはチューリップ・バブルを参照。
花にちなむ用語:花押・花柄・花文字・花言葉

料理
花を食用とすることは、洋の東西を問わず古くからおこなわれてきた。花を食用とする場合はほとんどは野菜に分類され、花菜と通称される[11]。日本では食用花としては、キク、ナノハナ、シュンラン、フキノトウなどが用いられてきた。一方、欧米のエディブル・フラワーとしてナスタチウム、コーンフラワー、バラ、パンジー、キンセンカ、スイートピー、キンギョソウなどが挙げられる。伝統的な日本料理においては、盛りつけの技法としてアジサイの花などをあしらうことがある。上記の食用花は食味と同様に見た目の美しさや飾りとしての役割も重視されるが、一方でブロッコリーやカリフラワー、ミョウガ、アーティチョークのように飾りにはあまり使用されず、食味を重視して食用とされる花も存在する。
直接的な食用のほか、虫媒花が虫をおびき寄せるために分泌する花の蜜はミツバチによって採集され、巣の中で蜂蜜へと変化する。蜂蜜は人類最古の甘味料とも呼ばれ、現代においても甘味料として重要な地位を占めている。ミツバチは同一の蜜源植物から蜜を採取する傾向が強いため、そのミツバチの群れが採取する花の種類によってさまざまな味や香りの蜂蜜ができる。さまざまな蜜源植物からまんべんなく蜜を集めることもまれにあり、この場合は百花蜜と呼ばれる。代表的な蜜源植物としては、日本ではレンゲソウやアカシアなどが挙げられる。

文化
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言語的文化としては、漢字文化圏では「華」と書き日本語には「華やか」「社交界の花」「華がある」などは肯定的表現として用いられている。「きれいな薔薇にはとげがある(Every rose has its thorn.There’s no rose without a thorn.)」=美人に裏がある、といった外国の慣用句も単純な肯定ではないが、ヒトの感性において美しいと認識する人間を花に例えている。強い色彩を持つ観賞用の火薬の爆発に「花火」という字を当てるのは漢字文化圏に共通である(ただし、中国語では「烟火」が主)。自然現象によるものとしては、「雪の花」は形状が花に似ていることに由来する名である。温泉の成分が集まることで発生する「湯の花」や、美しい結晶を薔薇の花に譬えた “desert rose (砂漠の薔薇)” など、「花」を美的な存在の代名詞として扱う向きは日本でも外国でも見られる。
花は生物としてのそれ自体を鑑賞する日本の花見や華道、チューリップバブルに見られる花卉園芸といった文化のほかにも絵画等のモチーフとしても評価される。ゴッホのひまわり(絵画)などは評価額や知名度において世界的なものであり、少なくともそうした著名な芸術家の創作対象たりうるものと見做されている、とは言える。
日本人特有の価値観では少し違った意味合いを付けられることもあり、もののあはれなどといった無常観や四季の変化のもとでその儚さが愛でられてきた。それは戦死を意味する「散華」など死にも近似するが、生命力と矛盾するわけでもない。短い命であるからこそ、束の間の栄華・華やかさが美しく感じられるということである。これは平家(伊勢平氏)の栄華とその後の没落を描いた古典文学『平家物語』などにも見てとることができる。「少しずつ咲いていって全体では長い間を咲き続ける、梅の花」から「いっせいに咲いてすぐに散ってゆく、桜の花」へと「日本人が最も好む花」および「花の代名詞」が移ろったことは、民族特有の美意識の確立を物語る事象の一つにも位置付けられる。

また、花は古来よりアニミズムの対象となっている。万葉集では頭に花を飾り、花の持つ霊力を我が身のものとする挿頭花(かざし)の風習が歌われている。また、平安時代には現在今宮神社で行われるやすらい祭のように、花の霊が及ぼす災いを鎮める鎮花祭が盛んに行われた[12]。
日本では、奈良時代から平安時代初期までは中国文化の影響を強く受けて梅の花が、平安時代初期以降は桜の花が最も盛んに愛でられる花であり、日本で花見と言えば一般的にはこれらの花を観賞することを意味する。
「様々な花の色」あるいは「色とりどりに咲く花の様子」を日本語では千紫万紅(千紫萬紅、せんしばんこう)と言う。例えば、梅雨の時期を色どりどりに咲き乱れる紫陽花の花模様は、千紫万紅という言葉がよく似合う(──という認識を多くの日本人が共有している)。その一方で、乾燥しきって草木も生えない荒野が季節の訪れで突如として芽吹き咲き乱れる草花で埋め尽くされることで有名なナマクワランド(英語版)(在・南アフリカ共和国。”Flowering Desert” とも呼ばれる)の感動的風景などにこの語を当てても、東洋的でないことを理由とした「似つかわしくない」との批判は当を得ない。
世界の多くの国において、その国の国民に最も愛好される花を国花として当該国の象徴とすることが行われている。正式な国花を制定していない国も多いが、日本のサクラやキクのように非公式に国花とみなされている花の存在する国もある。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%B1

植物

植物(しょくぶつ、羅: plantae)とは、生物区分のひとつ。以下に見るように多義的である。
慣用的生物区分: 一般的には、草や木などのように、根があって場所が固定されて生きているような生物のこと。動物と対比させられた生物区分[1]。
生態的生物区分: 光合成をする生物のこと。多細胞体制のもののみとする場合や単細胞のものまで含める場合がある。
系統的生物区分: 真核生物の中の1つの生物群。陸上植物およびそれらに近縁な生物が含まれる。ワカメなどの褐藻は系統が異なるため含まれない。
植物という語が指し示す範囲は歴史的に変遷してきており、現在でも複数の定義が並立している。そのため、「植物」を分類群としては認めなかったり、別の名前を採用し「植物」はシノニムとする動きもある。分類群としての名称は植物界となる。なお、本文においては、系統的生物区分すなわち単系統群について主に記述する。

現在の植物
かつては植物は、広く光合成をする生物一般、すなわち藻類(光合成をする水生生物)全体やシアノバクテリア(藍藻)を含んでいた。さらに、光合成能力を失った植物と考えられていた真菌や、時にはシアノバクテリア以外の細菌まで含むこともあった。
現在でもホイタッカーの五界説をはじめとする、人為分類的な「植物」としての分類もあるが、ここでは、系統が異なるものは除き、単系統群を中心に説明していく。(光合成を行う藻類であっても褐藻(コンブ・ワカメなど)・珪藻などは系統が異なる。)
具体的にどの範囲を植物と呼ぶかは定説がなく、次に挙げる各範囲が植物界としての候補となる。
陸上植物
コケ植物、シダ植物、種子植物からなる単系統。古くは後生植物ともいい、陸上で進化し、高度な多細胞体制を持つ。この群を植物界とする分類はリン・マーギュリスが唱え、マーギュリスにより改訂された五界説と共に広まった。しかし、非常に近縁な緑藻植物などが含まれておらず狭すぎるという点がある。

ストレプト植物
陸上植物、車軸藻、接合藻からなる単系統。
緑色植物
ストレプト植物と緑藻植物からなる単系統。葉緑体がクロロフィル a/b をもち2重膜である。単に「狭義の植物 (Plantae sensu stricto)」と言った場合、これを意味することが多い。
アーケプラスチダ
緑色植物、紅色植物、灰色植物からなる、おそらく単系統のグループ。葉緑体が2重膜である。シアノバクテリアを細胞内に共生させた生物を共通祖先とする単系統群であるという仮説に基づき、トーマス・キャバリエ=スミスがこの系統を植物と定義した。単に「広義の植物 (Plantae sensu lato)」と言った場合、これを意味することが多い。ただし、より広義の意味と対比させ、「狭義の植物界」と呼ぶこともある。[2][3]

バイコンタ
アーケプラスチダ、クロマルベオラータ、リザリア、エクスカヴァータからなる単系統。アーケプラスチダは側系統であり、他のバイコンタはその子孫だが葉緑体を失った、という仮説に基づき、バイコンタを植物界とみなす説が出ている(Nozaki et al. 2007など)[4]。非常に広いグループであり、全ての(真核)藻類と多数の非光合成単細胞生物をも含む。ただし、非主流の系統仮説に基づいており、また広すぎて実用的でないため、あまり受け入れられてはいない。
このように、植物の定義が定まらないため、なるべく植物という名を避け別の呼び名を使う傾向がある。これは、動物がほぼ常に後生動物の意味で使われ、むしろ後生動物という言葉のほうが使われなくなりつつあるのとは対照的である。

歴史
リンネ以前
アリストテレスは、植物を、代謝と生殖はするが移動せず感覚はないものと定義した。代謝と生殖をしないものは無生物であり、移動し感覚のあるものは動物である。ただしこれは、リンネ以来の近代的な分類学のように、生物を分類群にカテゴライズするのとは異なり、無生物から生物を経て人間(あるいはさらに神)へ至る「自然の連続 (συνέχεια)」の中に区切りを設けたものである。たとえばカイメンなどは、植物と動物の中間的な生物と考えられた。
リンネ以降

植物系統図の一例
カール・フォン・リンネは、すべての生物をベシタブリア Vegetabilia 界(植物)と動物 Animalia 界(動物)に分けた。これが二界説である。
当時の植物には、現在は(広義でも)植物に含められない褐藻や真菌類を含んでいた。ただし、微生物についてはまだほとんど知られていなかった。
微生物が発見されてくると、次のような植物的特徴を多く持つものは植物に、そうではないものは動物に分類された。
光合成をする。
細胞壁をもち、多細胞のものは先端成長をする。
非運動性。
こうして拡大してきた植物には、現在から見れば次のような雑多な生物が含まれていた。
陸上植物・多細胞藻類 – 緑色植物、紅藻など。典型的な植物。
単細胞藻類 – 光合成をするが、細胞壁のないものや運動性のものもいる。
真菌 – 光合成はしないが、細胞壁を持ち、非運動性。
細菌・古細菌 – 一部は光合成を行うが、しないものの方が多い。細胞壁を持つ。運動性のものも多い。
しかし、これらのうち一部しか当てはまらない生物が多いことが認識されてくると、二界説を捨て新たな界を作る動きが現れた。
まず1860年、ジョン・ホッグが微生物など原始的な生物を Primigenum にまとめ、1866年にはエルンスト・ヘッケルがそのグループに原生生物 (プロチスタ) Protista 界と命名した。これにより、微生物や真菌は植物から外された。また、ヘッケルは同時に現在の植物 Plantae 界という名を命名した。ただしのちに真菌は、かつては光合成をしていたが光合成能力を失ったとして再び植物に戻された。
1937年にはバークリー(Fred Alexander Barkley)が、植物種の過半を占める菌類がクロロフィルを欠いている点を重視して、動物・菌類・植物に分ける三界説を提唱した[5]。
次いで1969年、ロバート・ホイタッカーが五界説を唱え、光合成をする高等生物を植物と位置づけた。表面栄養摂取をする高等生物、つまり真菌は菌界として独立した。なおこの段階では、藍藻類を含めた光合成生物が一つの系統的なまとまりを形成するという考えは暗に認められていた。
系統分類へ
しかし、分子遺伝学的情報が利用可能になったこと、原生生物各群の研究、特に微細構造の解明が進んだことから、光合成生物の単系統性は疑わしくなってきた。また、1967年、リン・マーギュリスの細胞内共生説は、同じ葉緑素を持っているからといって同系統とは言えないことを示した。
たとえば、ミドリムシ類は緑藻類と同じ光合成色素を持っている。したがって系統上は近いものと考えることができた。しかし、近年の考えでは、これは全く系統の異なった原生生物が緑藻類を取り込み、自らの葉緑体としたものだと考えられている。つまり、光合成能力は、その生物の系統とは関係なく得られると考えられる。したがって、現代では、藻類というまとまりに分類学的意味を見いだすことはできなくなってしまった。
これを受け植物界の範囲はさらに限定的なものへと変化していく。1981年、マーギュリスは五界説を修正し、陸上植物を植物界とした。これはよくまとまった群ではあるが、その際に植物から外してしまった緑藻植物なども当然系統関係は考えられる。実際、その後そのような関係は認められ、彼女の説は行き過ぎとの批判も出てきた。
同じ1981年、トーマス・キャバリエ=スミスは、八界説を唱えた。緑色植物+紅色植物+灰色植物は、葉緑体の唯一の一次共生を起こした生物を共通祖先とする単系統であるとして、これを植物界とした。ただしこの単系統性には疑問があるなどの理由で、新しい植物界の定義はあまり広まらなかった。一方、それまで(マーギュリス以前は)植物に含まれていたが別系統である褐藻などは、単細胞藻類の大部分やいくつかの原生動物と共にクロミスタ Chromista 界として独立させた。
2005年には、アドルらによって、「キャバリエ=スミスの植物界」がアーケプラスチダと命名され、この呼称が専門分野では一般的となる。アドルらはまったく新しい枠組みで生物界全体を見直すことを意図し、界などリンネ式の階級を使わなかったが、リンネ式の階級システムではアーケプラスチダを界とされることが多い。
現在の普及度から言うと、マーギュリスのものが最も一般的であると思われるが、一方で生物界全体から見ると、陸上植物は界としてはあまりにも小さすぎるという面もある。英語版ウィキペディアでは、陸上植物よりも広範囲となる緑色植物を植物界として採用している。また、アーケプラスチダの単系統性が確実になるにつれ、これを植物界とするような流れも再燃している。

分類学以外の用語
植物という語には、現代でもアリストテレスが意図したような「動かない生物が植物」という意味合いがあり、植物状態という表現もある。
また、本項の冒頭にもあるように「光合成をする生物」という意味合いもある。たとえば、植物プランクトンには、ハプト植物、クリプト植物などがあるが、これらでは光合成をするという意味で植物あるいは藻という語が使われている(二次植物参照)。
動物の中にも植物的な性質を認める、植物性器官、植物極などの語がある。
生物学のうち植物を研究対象とする分野を植物学 (botany) と呼ぶ。これは本来は植物 (plant, Plantae) とは異なる語で、分類学的な植物を意味するものではない。具体的には、陸上植物および全ての藻類を対象とする。植物の学名の命名規約は以前は国際植物命名規約 (International Code of Botanical Nomenclature) であったが、これも正確に訳せば国際「植物学」命名規約で、分類学的な植物ではなく、植物学の対象を指していた。なお、現在は国際藻類・菌類・植物命名規約 (International Code of Nomenclature for algae, fungi, and plants) となって、「植物学」の語はなくなった。

人間と植物
人と植物の関係は実に多様である。人間と植物の関係は、生物学で言う食物連鎖上の《消費者と生産者》の関係にとどまらず、人は植物を原料や材料として利用したり、観賞するなど文化や心の豊かさのためにも用いている。人間以外にも巣などを作る材料として植物を利用している生物がいるが、人間の植物の利用の仕方の方がはるかに多様である。人間と植物の関係をいくつか挙げると
栄養源としての利用(生物学的に言えば、食物連鎖上の消費者と生産者の関係)
葉・茎・根・果実を穀物・野菜・果物として、そのままあるいは調理、加工して摂取。
健康のために薬用植物として摂取。漢方薬などが良い例である。
人間生活のための利用
原料や材料として利用。
材木として。(木造の家屋の柱、壁、天井、床。家具などに。あるいは木工材料全般、彫刻の材木として)
竹細工、籐家具 等々
繊維質を利用して(紙の原料のパルプ、和紙、麻紐、麻布、畳、縄、わらじ 等々)
生きたまま防風林として
生きたまま生垣として(下記観賞用も兼ねる)。
エネルギーの生産のため。(木炭や竹炭など)
鑑賞用
園芸(ガーデニング)
鉢植え(観葉植物、盆栽など)
地植え(造園)
切り花(いけばななど)

ドライフラワー、押し花
絵画や彫刻の対象として。例えばアールヌーボーでは植物は主要なモチーフである。
酸素のつくり手として。良好な環境をつくり出してくれる存在として。
その他、良質な微量物質に触れたり、ストレス解消に活用するために森林浴
(存在を特に望んでいない場合は人は植物を勝手に)雑草や雑木などと呼ぶこともある。

帰化植物
脳幹のみによって生きている人間を植物人間と呼ぶのは、20世紀初頭の生理学において「意識がなくても維持される生理機能」を植物的性質と称したことによるもので、生物としての植物には何ら関連が無い。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A4%8D%E7%89%A9

土壌

土壌(どじょう)とは、地球上の陸地の表面を覆っている生物活動の影響を受けた物質層のことである。一般には土(つち)とも呼ばれる。

土壌の生成

土壌学者のハンス・ジェニーは、1941年に土壌の性質は土壌を供給する地表の地形、気候、動植物相に反映されると提唱し、以下の5つの要素を土壌生成を司る5大要素とした[1]。

母材(岩)
気候
有機体
地形
時間
成分

土壌は、岩石が風化して生成した粗粒の無機物(一次鉱物)やコロイド状の無機物(粘土鉱物あるいは二次鉱物)、生物の死骸などの粗大有機物、粗大有機物が微生物などの分解者の作用などによって変質して生じる有機物(腐植)などを含む。
土壌の固体成分は粗に充填されているため、土壌は多くの間隙を持つ。土壌中の間隙は、土壌溶液と土壌空気によって満たされている。土壌溶液の主成分は水であり、この水に水溶性の塩基や有機物などが溶解している。土壌空気の主成分は二酸化炭素、窒素および水蒸気であり、酸素濃度は大気と比較して低い。土壌の間隙には、多くの微生物や動物が生息しており、土壌生物と呼ばれる。
土壌を、構成成分である粒子の大きさによって定義する場合には、粒径が2mm未満の粒子のみを土壌と定義し、2mm以上の粒子を礫(レキ)や粗大有機物などとして除外する。土壌の粒子は、互いに凝集した団粒構造をとることが多いため、粒子の大きさを測定する際には、土壌を多量の分散媒に懸濁させて団粒構造を破壊する必要がある。

土性
土壌を構成する砂と粘土の割合による分類を土性という。以下のように分類される。
砂土(さど):土壌に含まれる粘土が12.5%未満のもの。
砂壌土(さじょうど):土壌に含まれる粘土が12.5~25%のもの
壌土(じょうど):土壌に含まれる粘土が25~37.5%のもの
埴壌土(しょくじょうど):土壌に含まれる粘土が37.5~50%のもの。
埴土(しょくど):土壌に含まれる粘土が50%を超えるもの
上に記したものほど排水がよいが、保水力・保肥力が弱い。
土壌層
「土壌層位」

土壌層
*O層
*A層
*B層
*C層

土壌は、その構成成分の供給と消失の様式によって、土壌層が積み重なった形状を示すことが多い。土壌層とは、土壌への物質の供給と消失の様式によって形成される平行な境界を持つ層のことである。
例えば、土壌の表層部に植物遺体などの粗大有機物が集積する場合には、この表層部はO層(Organic層)と呼ばれる。O層の下部には、粗大有機物が分解あるいは溶脱されて生じた黒色の層(A層)が観察されることが多い。また、有機物に由来する黒色化が不十分で、風化が進行した鉱物質の層はB層と呼ばれ、風化が十分に進行していない岩石層(母岩)はC層などと呼ばれる。
土壌層は、土壌を分類するための重要な指標とされている。

土壌帯
土壌は気候や植生の影響で、緯度によって異なる土壌帯を形成している。気候やそれによる植生の影響を強く受けたものを成帯土壌、母岩や地形などの影響を強く受け、局地的に見られるものを間帯土壌と呼ぶ。

成帯土壌
成帯土壌は、主に以下のように分類される。
熱帯のラテライト(ラトソル)
熱帯から温帯にかけての酸化物を多く含んだ紅色土や黄色土
温帯から冷帯にかけての落葉広葉樹を育む褐色森林土
冷帯から寒帯にかけてのポドゾル
寒帯で下層が永久凍土層になっているツンドラ土
ほか、プレーリー土や中央ユーラシアの黒土(黒色土、チェルノーゼム)など

間帯土壌
間帯土壌には、地中海沿岸のテラロッサやブラジル高原のテラローシャ、デカン高原のレグール、ほかに泥炭土などがある。元になる岩石が、特殊な成分を含んでいる場合などには、土壌の性質により、異なる植生を生じる場合がある。

土壌生物
土壌中には、多数の生物が住んでいる。その多くは土壌中にのみ生活しているものである。
動物の場合、これを土壌動物という。大きいものではモグラやミミズ等が穴を掘って生活しており、中型~小型のものには落ち葉や土の間に生活する昆虫やダニなど、小さなものでは落ち葉表面の水に生活する原生動物などが含まれる。

微生物も重要である。カビやキノコなどの菌類、細菌類といった土壌微生物もきわめて多数生活している。土壌中の従属栄養性の微生物は、生物遺体や排泄物あるいは有害な有機化合物等を分解して、二酸化炭素や水などに変換し、大気や地下水などへ放出する。土壌には、植物の根と共生して養分を供給する菌根菌や根粒菌などが生息し、植物の生育を支えている一方、動植物の生育を阻害する多くの病原微生物も生息している。
これらの生物は堆積する植物遺体の分解や、土壌の撹拌をすることで、土壌の形成に大いにかかわっている。

土壌機能
広義の土壌は、以下の機能を持っている。以下のうち自然機能については、土壌の環境機能と呼ばれている。

自然機能
生物の生存空間
自然界の構成要素
地下水の媒体
利用の機能
天然資源の存在
居住地・保養地の存在
農業・林業用地の存在
その他の経済的・公用的利用地の存在
自然・文化遺産の存在場所

植物の生産
植物生産的見地からみると、土壌は植物の培地の一種といえる。ほとんどの農業では土壌を培地とする。
なお、培地に土壌を用いないものを水耕栽培と呼ぶ。養液栽培の場合では、培地としての土壌の種類はさらに細かく、有機質培地を土壌としこれを用いる場合は養液土耕と呼び、無機質培地を用いる場合は養液栽培と呼ばれる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%9F%E5%A3%8C

山2

山(やま)とは、周囲よりも高く盛り上がった地形や場所のことを言い、平地と比べ、傾斜した地形から成る。また、地形学では丘陵や台地よりも高度や起伏が大きいものを指す。

平坦かつ標高の高い地形は台地、高地、高原と言う。山の複合的なものを山岳(連山、山地、山脈)と呼び、また山岳のうちでも標高が高く目立つ頂点の部位を山と呼ぶ。通常、陸上のものを指して山と言い、海中の山は海山と言う。また人工的に作った山は築山と言う。比較的小規模な山を丘陵、丘、岡と呼ぶことがあるものの、山との区別は明確でない。山の定義に、周囲との相対的な高さが用いられる場合もあり、例えばブリタニカ百科事典では、相対的に2,000フィート(610m)の高さを持つものを山としている。
なお、これらとは別に、日本語では「沢山存在すること」を「山のようにある」などとも言うなど、比喩的な意味で用いられることもある。

山の高さ

ヒマラヤ山脈
山の高さ(標高)は、海面の延長であるジオイドからの距離とすることが一般的であり、これを海抜(かいばつ)と言う。地球上の最高峰(最も高い山)はヒマラヤ山脈のエベレスト(海抜8848m)とされているが、海抜以外の指標により最高峰を選ぶことも可能である。例えば、地球中心から見た最高峰は南米アンデス山脈のチンボラソ山(海抜6310m)である。地球は自転の遠心力により回転楕円体となっていて、赤道付近がふくらんでいる。そのため、赤道からわずか150kmにあるチンボラソ山は、エベレストより2150mも地球中心から見て高くなっている。ハワイのマウナケア山も海抜では4205mだが、太平洋底から一気に9000mもせり上がっており、基盤部分からの標高では世界最高峰となっている。(七大陸最高峰も参照。)
日本国内では、最高峰は富士山(標高3776m)である。対して最も低い山は仙台市の日和山(標高3m)[1]であるが、山の定義や地形学的分類により捉え方は様々であり、最も低い山の決定が難しい。
地球以外の天体では、ジオイドに相当する面からの距離を標高とする。ただし、地球以外の天体には海面がないので、天体ごとに恣意的に定義する。たとえば、火星でジオイドに相当するアレイドは、温度0.01℃で気圧610.5パスカルとなる面である。日本語では地球上、地球外共に「山」であるが、英語ではMonsといい、地球の山と区別される。
なお、太陽系で知られている最高峰は火星のオリンポス山である。

山の形成
山は、大陸移動(プレート移動)に伴う褶曲や断層運動、隆起、火山活動、堆積、浸食などの地理的要因により形成される。ヒマラヤ山脈やアルプス山脈は、かつて2つの大陸プレートに挟まれた浅い海だったが、大陸プレート同士の衝突により地面が押し上げられて成立した。このような山の成立過程を造山運動と言う。ロシアのウラル山脈や北米東岸のアパラチア山脈は、ずっと以前の造山運動の痕跡である(造山運動終了後に浸食などで削られた)。断層運動により断層面から見た一方が上昇又は下降することにより山が形成されることもあり、例としては日本の六甲山地や養老山地などがある。地殻変動に伴って地面が上昇する隆起により山が形成された例には、日本の北上山地、阿武隈高地などがある。火山活動を成因とする山は、富士山や阿蘇山のような活火山のほか、荒島岳のようにかつての火山が浸食されてできたものもある。


山の部分名称
上の部分 – 山頂、頂(いただき)、剣が峰(けんがみね、火山の噴火口の周縁・富士山頂)、山巓(さんてん)
中間部分 – 山腹(さんぷく)、中腹(ちゅうふく)
下の部分 – 山麓(さんろく)、麓(ふもと)、山すそ


山の形状
山はそれぞれ特徴のある形状であり[2]、それにちなんだ山名のものもある。深田久弥は『日本百名山』の著書などで、それぞれの山(槍ヶ岳、開聞岳、恵那山、鹿島槍ヶ岳など)の山容の特徴について詳しく記載している[3]。山の形状の例は以下となる。

鋭く尖った山容 – 槍ヶ岳、剱岳、宝剣岳、利尻山、冠山、高千穂峰など
円錐形 – 成層火山の富士山、後方羊蹄山、開聞岳など
なだらかな山容 – 櫛形の櫛形山、恵那山、御池岳など
双耳峰 – 2つの顕著なピークからなる鹿島槍ヶ岳、笊ヶ岳、池口岳、天狗岳、由布岳など
鋭く尖った山容の槍ヶ岳 円錐形の開聞岳 なだらかな山容の恵那山 双耳峰の鹿島槍ヶ岳

山の気候と生物

タトラ山脈, ザコパネ, ポーランド
山の気候は平地と大きく異なる。山では気象が変化しやすく、風も強く、降水量も多い。それは地上に近いほど気温が高くなり、遠いほど寒くなる。山は起伏が激しいためその暖かい空気と寒い空気が混じりあい、雲が発生しやすいためである。また、標高が100m上昇するごとに気温は0.6度(摂氏)低くなるとされており、気温も低い。そのため、標高が高くなれば植生や生態系も異なってくる。特に海抜数千メートルの高山では気象環境は過酷であり、そのような環境に適応した特殊な植物・動物が生息している。これを高山植物・高山動物という。また、標高の高い山岳においては斜面に雨雲がぶつかるため、山麓に降雨をもたらすことが多い。この場合、山脈を越えた空気は乾燥することとなり、山の反対側にフェーン現象をもたらすことがある。また、海岸から高い山脈にさえぎられた反対側では山脈の方から吹き込む卓越風の風下となり、すでに水分のほとんどを雨として落としてしまっているため、極度に乾燥した気候となることがある。これを雨陰効果と呼び、タクラマカン砂漠やグレートベースンなどがこの要因によって砂漠となっている[4]。逆に山岳の風上側においては乾燥地においても降雨をもたらすことはよくある。

山と人間

山の神(新潟県見附市)
ヒトにとって山は必ずしも生活しやすい場所ではない。気象変動は激しく、食物も得難い。地面が傾斜しているため、居住や農耕には余り適さない。気圧が低いため、高山病などに陥ることもある。しかし、人間は山に対して畏怖の念とともに憧憬を抱き続けた。
古代史において「山は隔て、海は結ぶ」という言葉がある[5]ように、海は交通路として遠隔地を結びつける役割を果たす一方、山は逆に交通の障害として隣接する地域同士を隔てる役割を持った。近代に入り交通網が整備されるようになるまで山、特に山脈は人々の交流を妨げることが多く、山脈を一つ隔てた両側で文化、さらには言語や民族にいたるまで異なっていることは珍しいことではなかった。こうしたことから自治体や国家の境界線は山の尾根の線におかれることが多くなっている。
一方で、可耕地に乏しい日本の山村において山は材木や燃料などの林産物を産出し、狩猟や交易、鉱山の経営など山稼ぎは山村の生業における重要な要素であった。

世界の多くの地域では、山に対する信仰が生まれている(山岳信仰)。日本では富士山をはじめ主要な山々で山岳信仰が存在し、山岳信仰は特に修験道と結びつき、信仰の興隆に伴い登山者に宿所などを提供する御師が成立した。また、民間信仰においても山は異界へ通じる恐れの対象であると同時に、天候や生業に関わる神性な世界としても認識され、山の神や雨乞いなどに山に関する民俗が存在している。
山岳信仰には、山へ登るという形態もあれば、山を敬遠して眺めるだけという形態もあった。このうち前者が、近代に入って信仰色が希薄化・消滅し、余暇としての登山へと変わり、山は余暇・娯楽の場としてとらえられる様になっていった。現代では、登山のみならず、スキー、キャンプなど多様な余暇活動が行われている。また、山を眺めることについても、信仰色が薄まっていき、現代では山岳展望という新たな余暇活動として楽しむ人が増えている。最近ではパワースポットの一つとして、富士山などの山がその対象の1つとなっている[6][7]。
また、超短波以上の周波数で発射する送信所の多くは山に設置されている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1

森林(しんりん)は、広範囲にわたって樹木が密集している場所である。集団としての樹木だけでなく、そこに存在するそれ以外の生物および土壌を含めた総体を指す。
樹木が密生している植物群落を樹林(じゅりん)という。高木からなる樹林を森林、高木林(こうぼくりん)、低木からなるものを低木林(ていぼくりん)という。
森林、高木林のうち、比較的小規模・低密度のものを林(はやし)、そうでないものを森(もり、杜)とも呼ぶが、明確な区別はない。なお日本語の「林(はやし)」は「生やし」を語源とし[1][2]、「森(もり)」は「盛り」と同語源[3][4]であるという。日本の農林水産省は、人工的なもの(人工林)を林、自然にできたもの(自然林)を森と定めているのは語源に沿ったものといえる。なお、林業分野ではむしろ人工林を指して森林と言うことが多い。また、これも科学的な用語ではないが、木の比較的まばらなものを疎林(そりん)、密集したものを密林(みつりん)[5]という。広域にわたって樹木が繁茂し、高所から見ると海のように見える大きな森林を樹海(じゅかい)という。国際連合食糧農業機関(FAO)は、森林を「樹冠投影面積が10%以上であり、0.5ヘクタール以上の広さがあり、成木となると5m以上となる樹種の樹林であり、農地等森林以外の目的に使用されていない土地」と定義している[6]。ただしこの定義の場合、低木林は森林に含まれないこととなる[7]。

森林の形成
木が並んで生えていても、それを「森」とは言わない。見かけ上、木が並んでいるのが見えず、木の葉が一面に並んでいるのが見えるのが森である。これは定義としては成立し難いが、ある意味で森の性質を示している。森では外見上、多数の木が一つのまとまりを呈する。外から見えるのは木の葉ばかりである。つまり、表面に木の葉の層ができるので、森の中は暗くなる。したがって、枝葉は森の中では少なくなる。そして、枝葉の層で包まれることによって、森の中は、森の外とは異なった微気候の場となる。おおよそ、最高気温は低く、最低気温は高く、湿度は一定の範囲内に保持された、穏やかな条件を維持する。
森林は、一定の構造をもっている。それを構成する種組成、構造などに関する研究は、森林生態学が担当する。森林の構成の基本は、植物にあると言ってよい。森林を植物が構成するものと見た場合、この植物群落の構成を植生と呼ぶが、それを研究するのは、植物の群集生態学、いわゆる植物社会学、あるいは植生学である。
森林は、それぞれの地域、環境によって一定の形をもつ遷移によって形成され、それなりのいくつかの類型に分けられる。それによって種組成もある程度の決まった組み合わせとなる。
森林のとぎれるところを外から見ると、高い木の側面は見えず、低木や蔓草の層によって森の中が見えなくなっているのが普通である。また、その根本には、草が生えている範囲がある。前者をマント群落、後者をそで群落と呼ぶ。これらは森への風の出入りをふせぎ、森林の内部を保護するように働いている。

森林の構造
森林には、その型や発達程度にもよるが、ある程度の似かよった構造がある。これを階層構造と言う。森林を外から見たときに目につくのは、一番高いところの、枝葉の折り重なった層である。この層は、森林でもっとも多くの同化組織が集中する場であり、林冠とよばれる。この層を造る木をまとめて、高木層とよぶ。高木層の少し下には、その高さに達しない木が造る層があり、これを亜高木層と言う。この層の木は、高木層に空きができたときに、そこを埋めるように待機しているものを含む。
本州中南部の平地に見られる照葉樹林では、高木層は25m程度、亜高木層は15m程度。その下の、数m程度の高さには低木層があり、高木の苗のほかに、背が高くならない木が出現する。さらにその下には、シダ植物などがあり、草本層として区別する。さらに、地表に這うようにして存在するものを、コケ層という。
なお、森林の地表面を林床(りんしょう)という。林床に生える植物は、森林に独特のものもあるが、その森の林冠を構成する樹木の苗が出るのが普通である。これがない場合、その森林の樹木構成は、次第に変化するものと考えられる。
日本の照葉樹林の場合、以上のように5層くらいを区別するのが普通であるが、森林の型によっては、さらにそれ以下、あるいはそれ以上を区別する。東南アジアの熱帯雨林では、高木層は50mにも達し、さらにそれを超えて伸びる超高木層の木が点々と現れる。
また、つる植物や、樹木の上に根を生やしてくっついている着生植物は、亜熱帯や熱帯に近いほどよく出現し、熱帯林では、地表の植物をしのぐほどとなる。

森林は単独の樹種のみで形成されることはごく少ない。一般に南北の寒冷な地域では構成樹種が少ないが、一般には複数の樹木から森林は構成される。ほぼ1種の樹木しか見られない場合や、中の1種のみが極めて多い場合もあり、そのような森は純林といわれる。
植生調査はこれらの森林の特徴をもとに行われる。一般にはまず層の構造を見つけ、それぞれの層ごとに、構成樹種やその数、被っている程度などを記録する。
森林の動物
森林には、様々な動物が住み、その種類数は、草原など、他の植物群落の形態よりはるかに多いのが普通である。地上生の動物のあらゆる型のものが、木々の枝の間から土壌にいたる空間に生息する。
大型動物の場合、森林の内部は、樹木の枝や幹、下栄えなどがあって見通しが利かず、また隠れるところが多いから、よほど大きな動物でも姿を隠す場所があり、ほとんどの動物は隠れながら行動する。そのため草原のような大きな群れを作るものは少ない。
森林の土壌は、樹木の落葉を集めて、熱帯以外の地域では厚い層をなす。ここには、落ち葉を分解する菌類や細菌と共に、それらを分解する働きをになうもの、それらを喰うものなど、様々な土壌動物が生息し、それらはまとめて分解者と呼ばれる。
また、最近では、林冠部に生息する動物相にも関心がもたれている。特に、熱帯雨林の樹上には、地上から離れたところで豊かな動物相があり、様々な動物が活動していることが知られるようになってきた。

森林と降雨
森林に水源を涵養する機能が存在することはよく知られている。これは、雨水が樹冠や森林下部の下草や落ち葉などに滞留し、その後土壌へと浸透し地下水を形成したり直接地表水として河川に流入するため、河川の流量をある程度一定に保つためである。こうした機能に着目し、特に河川の源流部において水源林として森林が保全・整備されることがある。この考えを推し進め、緑のダムと呼ばれる大規模な水源涵養林によって治水の一端を担わせる構想があるが、森林は流水を遮るものではないので豪雨などには対応できない欠点がある。また、森林の浸透能は自然林・人工林ともに大きな差は見られないものの、人間が適切な管理を怠った人工林においては土壌が荒廃し、浸透能が大幅に落ちるとされる[8]。また、森林は降雨を貯蔵する機能だけでなく、葉の上に落ちた降雨を蒸発によって再び空気に戻したり、葉からの蒸散によって再び大気中に水分を戻すなど、降雨を地上に落ちるのを遮断する役割も持っている。特に樹木の生命活動による蒸散の量は大きく、裸地よりも蒸散の量が大きいために、森林がある場合は地面に流れ込む総水量は裸地よりもむしろ少なくなる。森林の水源涵養機能とは、あくまでも水量の平準化の機能のことである。このため、乾燥地においては森林を伐採して蒸発量を抑え、降雨をすべてダムにため込むことが行われることがある[9]。

森林と人類
森林は人類にとって非常に有用な空間である。その利用は、安定した自然環境という間接的な利用と、資源産出地としての直接的な利用とに大別される。森林を扱うための学問分野は林学と呼ばれる。
林業

伐採した木をハーベスターで処理する様子
資源産出地として、森林は非常に重要である。森林において樹木を伐採することを産業的には林業と呼び、古来より重要な産業の一つとなっている。森林で得られる資源で最も重要なものは木材である。木材の利用は、建材や紙・パルプをはじめとする工業製品の原料にするための用材と木そのものを燃料として燃やす薪炭材としての利用の2種類に大きく分かれる。かつては薪炭材としての利用は全世界で普遍的に行われており、森林は最も重要なエネルギー供給源であったが、化石燃料の使用と電力の普及によって特に先進諸国においてはこの利用は急速にすたれ、一部において限定的に使用されるにすぎない。21世紀においていまだ薪炭材としての利用が多いのは、熱帯を中心とする発展途上国である。これは、電力の普及の遅れによって薪炭を燃料とせざるを得ないためである。しかし近年の急速な人口爆発によって薪炭用の需要が急増し、森林破壊の原因の一つとなっている。工業用材の需要も多く、現代においても製材業・木材工業・製紙業といった木材を原料とする工業の多くは原料供給地たる森林地帯、またはそこからほど近い港湾都市などに工場を建設し生産を行うことが多い。こうした用材の搬出は、古くは河川を利用した筏流しが多く用いられ、19世紀以降は搬出用の小規模な森林鉄道が各地に敷設されることでより奥地までの開発が可能になったが、20世紀後半に入ると森林鉄道は全廃され、かわりにさらに奥地まで自動車の走行可能な林道が整備されることにより、大型トラックによる搬出が主流となった。また、木材生産を目的として伐採後に再び植林が行われ人工林が育成されることは珍しくなく、とくに先進国においては一般的に行われている。日本においては、特に第二次世界大戦後に木材生産を目的として大規模な単一樹種の植林が行われたが、輸入材の増大と国内林業の不振によって除草や間伐、除伐などの十分な手入れの行われていない人工林も多い。
熱帯林は樹種が多種多様であるため用材としての利用は遅れ、商業的な林業はコクタンやシタン、チーク、ラワン、マホガニーといった硬木の高級材を選抜的に伐採するものに限られ、薪炭材としての利用が主であったが、近年では冷帯や温帯における森林資源の減少によって熱帯林の用材としての利用も増加しつつある。これに対し、市場に近い温帯林は最も早く開発が進み、植林によって森林資源を再生させた人工林も大きな割合を占める。冷帯林は冷涼な気候の関係で生育できる樹種が少なく、樹種が揃っている傾向があって伐採や輸送が容易であるうえに軟木が多く工業原料に使用しやすいため、大規模な林業開発がしやすく、用材としての利用が大半を占める。
近代化以前は、森林の産業における役割は現代よりさらに大きかった。製鉄業やガラス工業、製塩業といった、燃料を大量に消費する産業はかならず燃料供給地である大森林地帯に立地していた。炭の生産は日本においてもヨーロッパにおいても森林における最大の産業であり、灰の生産も地域によっては重要な産業となっていた。さらに、さまざまな木材製品、とくに船舶用の木材は他に代えのきかない素材であり、造船用の木材の確保は初期の森林保護政策の重要な目的のひとつだった。16世紀以降、ヨーロッパでは産業の発展に伴い木材不足が深刻化し、これが森林保護や植林の発展をもたらした。また18世紀のイギリスにおいては不足する木材に代わり徐々に石炭が燃料に用いられるようになった。
森林と農村

里山の風景。東京都稲城市坂浜
木材のほかにも、森林からとれる林産品は多岐にわたる。キノコや山菜、果物といった植物食糧の採集や、森に生きる動物を狩猟によって獲得するなど、食糧供給源としての役割も小さなものではないが、単一的な食料生産地域として整備されたいわゆる田や畑に比べると食料生産効率は落ち、このため農業地域においては森林を伐採して開墾し新しく田畑を開くことが古くからおこなわれており、特に農業地域において森林の面積は狭まる傾向にある。こうした地域においては平地の森林は希少なものとなり、森林の多くは山岳や丘陵といった農業に不適な地域にのみ広がっていることが多い。ただし、熱帯地方においては荒廃した土地に樹木を植栽し、その陰で食用植物などを栽培する混栽が行われることがある。こうした混栽農法が最も用いられているものとしてはカカオがある。カカオは陰樹であり、空閑地にそのまま植栽してもうまく育たないため、まず空閑地にバナナとヤムイモまたはキャッサバを植え、急速に成長するバナナによって日陰を作り、ヤムイモやキャッサバによって地面の被覆を行い、そのうえでカカオを植栽することで成長しやすくさせる。10年ほど経過してカカオの木が十分大きくなるとバナナを伐採し、カカオ農園が完成するというこの農法は20世紀前半においてガーナで広く用いられ、同国が世界最大のカカオ生産国となる原動力となった。こうした樹木との混栽農法はアグロフォレストリーと呼ばれ、自然破壊を軽減する農法として注目されている。また、森林内の下草や落ち葉なども、近代化以前の社会においては肥料として重要なものであり、飼い葉として家畜を養うための飼料ともなった。こうしたことから近代以前において農村と森林は不可分の関係を持っていることが多く、日本の里山などのように農村の人間活動の影響下で生態系が構築された森林も存在する。
環境その他
環境面での役割としては、上記のとおり水源を涵養する役割のほか、土壌侵食の防止も含まれる。森林の土壌浸食防止能力は非常に高く、またはりめぐらされた根は山崩れなどの防止にも効果を発揮する。また、森林は光合成によって二酸化炭素を吸収し、酸素を放出する。この量は莫大なもので、地球環境の安定化に森林は大きな役割を果たしている。20世紀後半以降、各地で森林の伐採が進み、特にアマゾン熱帯雨林をはじめとする熱帯林が急速に破壊されているが、この森林の減少は二酸化炭素の吸収量を減らし、地球温暖化を招く大きな原因の一つと考えられている。
こうした生産地や環境保全の役割のほかに、森林浴など人間が癒しを求めて森林へと向かうこともある。その美しさから観光地となっている森林もあり、なかでも屋久島や白神山地などの世界遺産に指定されている自然林は多くの観光客を集めている。また、森林を伐採するほかに、上記の木材としての利用や土壌流出の防止など治水機能に着目して、人間により裸地に樹木が植えられ(植林)、新しく森林を育成することも広く行われている。なかでも、森林によって風を防ぐ、いわゆる防風林は海岸沿いや農園地帯などに広く育成されている。日本では各地の海岸沿いに防風林が広くみられ、また北海道東部の根釧台地では人工的に育成され正方形に区画された大規模な防風林が広がっている。農村部において家屋の周辺に樹木をめぐらし風の害を避けることも多く、こうした森を屋敷林と呼ぶ。また、森林が文化的に聖性を帯びることもあり、日本においては特に神社の境内の森林は伐採されずそのまま残されることが普通であり、こうした森林は鎮守の森と呼ばれて長く保護の対象とされ、日本の重要な文化的景観のひとつとなっている。

森林保護

北海道・小清水町のジャガイモ畑と防風林
自然環境の維持などを目的として、各国において森林の保護が行われている。日本においては、国有林のうち特に保護すべき森林が保護林に指定されている。保護林の種類としては、森林生態系保護地域、森林生物遺伝資源保存林、材木遺伝資源保存林、植物群落保護林、特定動物生息地保護林、特定地理等保護林、郷土の森が存在する。またこのほか、ある特定の公共の目的のためにその地域の森林を保全する保安林も存在する。保安林の内訳としては、洪水の防止や水源の確保を目的とする水源かん養保安林、土壌流出を防止するための土砂流出防備保安林、さらに不安定性が高く土砂崩壊の危険性がある地域においての土砂崩壊防備保安林、海岸等において飛来する砂を防ぐための飛砂防備保安林、風を防ぎ農地などを保護するための風害防備保安林、洪水時において水の勢いを緩和する水害防備保安林、高潮や波による塩害などを防ぐための潮害防備保安林、用水路の水源を保護し干害を防ぐための干害防備保安林、鉄道や道路などを雪から守り交通を円滑化するための防雪保安林、霧を防ぐ防霧保安林、雪庇を防いだり雪崩の勢いをそぐためのなだれ防止保安林、落石防止用の落石防止保安林、都市部において火災の延焼を防ぐための防火保安林、魚の繁殖を助けるため海岸林や島嶼部の森林を指定する魚つき保安林、航海の目印となっている航行目標保安林、煙害や汚染空気からの隔壁、及び国民の健康向上を目的とする保健保安林、そして美しい風景を守るための風致保安林がある。
気候と森林
その土地における森林の分布は、主に気候、とくに降水量と気温によって変化する。このほか森林においては土壌も重要な要素となるが、土壌そのものが気候の影響を強く受けるため、気候に比べれば森林に対する影響は二義的なものとなる。また気候を区分する際に森林は重要な指標となっており、気候区分の中でも非常によく使用されるケッペンの気候区分においては気候をまず森林の生育できる気候(樹林気候)と生育できない気候(無樹林気候)に分類し、無樹林気候から乾燥度で乾燥帯、温度で寒帯を区分し、樹林気候は気温によって熱帯、温帯、冷帯(亜寒帯)の3つに分類する。ただし、乾燥帯においては外来河川やオアシスなど、降雨によらず水分が供給される地域においては森林は生育しうる。
熱帯の、赤道付近など特に降水量の多い地域には熱帯雨林(熱帯降雨林、熱帯多雨林、ジャングル)(英: jungle)[10]が広がっている。なかでも南アメリカ大陸のアマゾン川流域に広がるアマゾン熱帯雨林(セルバとも呼ばれる)は、世界最大の熱帯雨林として知られる。熱帯雨林は主に常緑広葉樹林によって占められる。熱帯雨林は気温が高く物質生産が盛んであるが、分解者が多く多雨であるため土壌中に養分が残らず、有機物のほとんどが植物体に蓄えられていることが特徴であり、このため一度伐採した場合再生は非常に時間のかかるものとなる。ただし物質生産が盛んであるため、森林量は世界で最も大きい樹林となっている。熱帯雨林より降水量の少ない地域は、雨季にのみ葉を繁らせる熱帯雨緑林が広がり、さらにそれより降雨の少ない地域はサバンナと呼ばれ草原が優越するが、樹木も生育できるため疎林が広がる地域も多い。熱帯雨林地区よりやや気温が低く降水量が少ない多雨地域においては、亜熱帯多雨林が広がる。
温帯においては、その中でも温暖な地域において東アジアを中心に広がる照葉樹林と、地中海を中心に夏季少雨地域に広がる硬葉樹林というふたつの常緑広葉樹林帯が存在する。硬葉樹林はその名の通り、夏季の乾燥に対応するために葉が小さく固い木が主となっているのが特徴である。照葉樹林も同様に、葉の表面のクチクラ層が発達しているため葉の照りが強いことからこの名がついている。温帯の中でも気温の低い地域となると、常緑広葉樹林と落葉広葉樹林が混ざり合う温帯混交林が広がるようになり、さらに気温の低い地域においては常緑広葉樹林は姿を消して落葉広葉樹林帯が広がるようになる。落葉広葉樹林は温暖な夏にのみ葉を繁らせるため、夏緑林とも呼ばれる。また、温帯の中でも特に雨の多い地域にひろがる森林は温帯雨林と呼ばれる。
冷帯に入ると、やや温暖な地域においては針葉樹と広葉樹の混交する針広混交林地帯となり、寒冷な地域においては針葉樹林が広がるようになる。こうした冷帯の針葉樹林帯はタイガと呼ばれ、ひとつの樹種により森林が形成されることが多いのが特徴である。針葉樹林の多くは常緑であるが、一部に落葉する落葉針葉樹林も存在する。
またこうした気候とは別に、標高が上昇するにつれて気温が低下するため、高山地帯においては低地の森林よりも寒冷地に広がる森林が生育することとなる。高山および寒帯においては樹木の生育しなくなる地点が存在し、これを森林限界と呼ぶ。


人為と遷移

ヒノキの人工林
人間の手の全く入っていない森林は原始林、または原生林と呼ばれ、人為の及ばない状況においての本来の森林の状況に最も近いものとなっている。自然に成立した森林は天然林、または自然林と呼ばれる。天然林には原生林のほか、人間が伐採をした後全く手が加わらず、自然のままに再生した天然生林なども含まれる。森林伐採後、植林などを行わず放置して残存する種子から再び森林が再生するのを待つ方法を天然更新、同じく根株を放置してそこから新たな芽が出ることを待つ方法を萌芽更新と呼び、樹種や自然条件によっては植林の代わりにこうした方法を取って森林再生を待つこともある。また、天然林は必ずしも人間の手が入っていないわけではないものも多い。天然林と言えど、たとえば人間がある程度の伐採をしたり、狩猟や採集などで圧力を加えたことで本来の生態系から離れた新しい均衡が保たれているものも多い。たとえば里山などはほぼ天然林であるが、肥料にするための下草の採集や薪炭用としての木材の利用などが定期的に行われ、人間の圧力のもとで新たな均衡が保たれていた。これに対し、木材の生産や治山などの目的で人間が植林を行い成立した森は、人工林と呼ばれる。特に木材生産用の人工林においては単一の樹種が一斉に植えられていることが多く、天然林に比べ生物多様性が少なくなりがちである。また、人工林は人間が目的を持って植えた森林であるため、その目的を十全に果たさせるためには定期的な人間の手入れが必須である。
上記の原生林は一次林とも呼ばれるが、これに対し伐採や山火事などで本来の植生が失われたのち、自然に、または人工的に再生した森林のことを二次林と呼ぶ。二次林は自然状態の場合、まず新たにできた裸地にコケ類が進入し、次いで草原が成立したのち、樹木が侵入して森林の形成が始まる。まず最初に生育する樹木は、生育に多くの光を必要とするため日当たりの良いところを好む陽樹である。陽樹は草本と日照を巡って争うものの背の高い樹木がやがて勝利し、まず陽樹の低木林が形成される。低木林がまず形成されるのは、高木より低木の方が成長が速いためである。しかし低木林においてはいまだに林床に多くの日光が差し込むため陽樹も生育でき、やがて高木が低木を押しのけて成長して陽樹林ができる。しかし、陽樹の高木林がいったん成立すると林床にはあまり光が届かなくなるため、生育に多くの光を必要としない陰樹が林床にて生育するようになり、陽樹と陰樹の混生林が成立する。この場合、光の届かない林床ではもはや陽樹が生育しないため、新たに生育する木は陰樹のみとなる。そして陽樹が寿命を迎え枯死すると、いまだに生育を続ける陰樹のみの森林が成立するというプロセスをたどる。これを遷移と呼ぶ。また、遷移が最終段階に到達した森林を極相林と呼ぶ。ただし極相林はそのまま不変であるわけではなく、樹木の枯死や倒伏などによって更新される。倒伏などによってできた空き地では日当たりがよくなるため、再び陽樹が生育し、以後上記のプロセスをたどる。この場合、倒木を礎としてその上に新たな木が生育する、いわゆる倒木更新が起きることもある。こうして極相林は断続的に更新されていく。
森林破壊と森林の現況
農地の開墾や焼畑農業、人類の活動による山火事、薪炭用や産業利用などによる森林の過剰伐採や破壊は、有史以来多くの文明で起こっていた。しかし地球上の森林の減少速度が加速したのは、産業革命の本格化した19世紀中盤以降である[11]。20世紀中盤には産業化の進んだ北アメリカやヨーロッパなどにおいては森林破壊が一段落したのに対し、特に20世紀後半以降、アジアやアフリカ、中央アメリカ、南アメリカに広がる熱帯雨林地域を中心に森林破壊が急速に進行するようになった。こうした熱帯雨林の急速な減少の主因となっているのは、無秩序な農地開発と薪炭用の森林伐採である[12]。熱帯諸国の人口増加によりのうちへの人口圧が増し、増えた人口をまかなうために熱帯雨林が積極的に開墾され始めたため、森林破壊が拡大した。こうした開墾はしばしば焼畑農業などの非常に伝統的な方法で行われたが、従来の焼畑農業が農地としての利用が終わった後森林が再生し地力が完全に回復するまでの十分な時間的余裕をもって運用されていたのに対し、20世紀後半以降は人口増加による未開墾地の減少によってこのサイクルが崩れ、地力が回復していない土地も焼畑を造成したため、熱帯雨林の荒廃を招くことになった[13]。こうした個々の農民による破壊のほかに、大規模な農業開発による破壊も進行中である。この大規模開発による減少が特にはなはだしいのは世界最大の熱帯樹林であるアマゾン熱帯雨林であり、とくに牛肉を生産するための放牧地の造成や大豆栽培用の農地開発によって森林破壊が進行している。
熱帯諸国における人口急増は農地の過剰開発のほか、薪炭材の利用急増という形でも森林にダメージを与えた。こうした諸国においては電力やガスといった他のエネルギー源が供給されることが少なく、木質燃料がほぼ唯一の燃料となっているため、人口増加はそのまま薪炭材の利用急増に直結し、森林破壊の一因となった。このほか、主に先進諸国への木材輸出のための伐採や、山火事も森林破壊の大きな要因の一つとなっている[14]。
2010年の世界の森林面積は40億3千万haである[15]が、上記要因のため世界の森林は総体として減少傾向にある。2000年から2010年までの増加・減少を通算した平均では520万ヘクタールの森林が毎年減少している計算になる[16][17]。ただし、1990年から2000年の平均830万ヘクタールに比べれば減少幅は大幅に縮小しており、増加分を組み入れない純粋な伐採面積も縮小傾向にあることから、総体としては森林破壊はやや歯止めがかかった状態となっている[18]。一方で大規模伐採はいまだ継続しており、特に薪炭・小規模農地開発による減少が著しいアフリカと、アマゾンの大規模農地開発のすすむ南アメリカにおいて減少が大きい。これに対し、大規模開発の一段落した地域では大規模開発の抑制や新規の植林の進展、耕作放棄地における自然林の復活などによって森林の減少に歯止めがかかっており、北アメリカでは森林量はほぼ横ばい、ヨーロッパでは増加傾向にある。アジアにおいては東南アジアにおいて森林減少が進む中、日本はほぼ横ばい、中国は大規模な植林の推進によって森林量は増加しており、全体としては森林は大幅に増加している[19]。
各国の森林面積の割合は、森林率(森林被覆率)という数字で表される。全世界の森林率は31%である[20]。この数字は樹木が生育しやすい気候で、農地開発が気候や地形などで制約を受けた国家、すなわち冷帯や熱帯雨林地帯の各国や、多雨地域で山岳部を多く抱える国家において高くなる傾向がある。特に樹木の生育しやすい森林大国と言われるカナダでは森林率は国土の45.3%である。日本も森林が国土の68.9%を占め、森林大国と言われる[21]。

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